あなたの住んでいる町のおいしもの
グルメ紀行をテレビでよくやってますがあなたの土地のグルメを教えてください。
九州・小倉のおいしいお店
夏休みに学生時代の友人と小倉で会うことになりました。2人とも初めて小倉に行くのですが、どこかおいしいお店をご存じないでしょうか?また「小倉といえばこれを食べておいで!」という名物はありますか?オススメの
出家??
高校2年です。今、古典を学校で勉強しているのですが、「出家」という言葉が出てきました。読書が好きなので、平安時代くらいを中心とした話を読んだりしたこともあります。先生の話では、出家をした人
日本の旅 東京を歩く 江戸の松尾芭蕉の足跡を追う(by さすらいおじさんさん)
松尾 芭蕉(まつお ばしょう1644-1694年)は、三重県伊賀上野出身の俳人で蕉風と呼ばれる芸術性の高い句風を確立し、俳聖と呼ばれる。1672年に江戸に下り日本橋に居を構えていたが1680年に現在芭蕉稲荷神社となっている深川の芭蕉庵に移った。1682年に江戸の大火で類焼したが、1683年に後援者の支援で第二次芭蕉庵を新築して入居。1689年2月には芭蕉庵を引き払って採茶庵(さいとあん)に移り、3月27日に「奥の細道」の旅に旅立っている。1689年8月に大垣で「奥の細道」の旅を終えた後も桑名から伊勢、伊賀上野に入り、膳所・義仲寺、大津・幻住庵、京都・落柿舎などで俳諧の指導、句作活動を行い1691年10月に江戸日本橋に戻った。
1692年5月には第二次芭蕉庵の近くに後援者の支援で第三次芭蕉庵を建て、1694年まで住んでいたが弟子のもめごとの仲裁のために大阪に旅立ち、大阪の地で亡くなり芭蕉の遺言に従って膳所・義仲寺に埋葬され江戸に戻ることは無かった。江戸では後援者が3度も芭蕉庵を建ててくれているが、芭蕉には生まれもっての放浪癖があったのだろう、1ヶ所にじっとしている人ではなかった。
深川周辺は芭蕉の句碑や史跡が多く、江戸で多くの俳諧の弟子達に囲まれていた頃の芭蕉の様子を垣間見ることができる。
(写真は採茶庵跡前の仙台堀川の光景)
日本の旅 1994年の滋賀県周遊(by さすらいおじさんさん)
滋賀県には三井寺、近江神宮、坂本、義仲寺、建部神社、石山寺、堅田、彦根城、甲賀、琵琶湖、竹生島、永源寺、など何度も訪問している。
1994年の6月には近江八幡、安土城跡、長浜城、余呉湖などを訪問した。
義仲寺には松尾芭蕉の墓がある。芭蕉が木曾義仲の墓の隣に眠りたいと願ったからだ。
芭蕉は近江の地が好きだったようで、「奥の細道」の旅を終えた翌年、1690年の4月6日から、7月23日までのおよそ4ヶ月間、「幻住庵」で過ごした。ここで芭蕉の俳諧の道への思いが綴られ「奥の細道」と並ぶ傑作とされる 「幻住庵記」を記した。また、「幻住庵」で旅の疲れを癒している芭蕉のゆったりとした様子を俳句に残している。
先づ頼む椎(しい)の木も有り夏木立(なつこだち)
伊賀出身の芭蕉が故郷に戻らず大津・義仲寺の墓に入りたいと願ったのは、滋賀の地が好きだったこともあるのだろう。
余呉湖(よごこ)は、滋賀県北部の面積1.8平方キロの湖で羽衣伝説(はごろもでんせつ)がある。静岡市、三保の松原の羽衣伝説は有名だが、日本各地に同様の説話が残っているとのこと。
天女が水浴びをしている間に、天女の美しさに心を奪われた男が、天女を天に帰すまいとして、その衣服(羽衣)を隠す。天に帰れなくなった天女は男と結婚し子供を残すが後に、天女は羽衣を見つけて天上へ戻る と言う話の流れはほぼ共通しているそうだ。
安土城は、1576年、織田信長(1534-1582年)が琵琶湖湖岸に建造した城。
長浜城は羽柴秀吉が1575年頃築城した城。本能寺の変(1582年)で信長を討ったものの山崎の戦いで羽柴秀吉(1537-1598年)にすぐに討たれた三日天下の明智光秀(1528-1582年)の菩提寺・西教寺も大津市坂本にあり、滋賀県は戦国時代をしのばせる遺跡が多く残る地だ。
(写真は芭蕉が「奥の細道」の旅を終えた翌年、約4ヶ月間住んだ「幻住庵」)
幻住庵(大津市)
芭蕉が「奥の細道」の旅の翌年4月から7月までの4ケ月間をすごし、「幻住庵の記」を書き残した、幻住庵には、義仲寺からクルマで20分ほど、カーナビ任せで、漸く辿り着きました。地図では、石山寺のすぐ裏手、西国札所の岩間寺にも程近いところです。 ...

幻住庵の記
... 岩間のうしろに山あり」で始まる有名な『幻住庵記』を綴った。庵記に「谷の清水を汲みてみずから炊ぐ。とくとくの雫を侘びて…」と記されている「とくとくの清水」が今も湧いている。 <幻住庵> 「幻住庵」は近津尾神社の境内に有ります。 ...

「幻住庵記」
せっかくの「幻住庵」をご覧いただきましたので「幻住庵記」の一部をご覧下さい。 (碑文になっていて しゃれた企画です。) 石山の奥、岩(いは)間(ま)のうしろに山有、国(こく)分(ぶ)山(やま)と云(いふ)。 そのかみ国分寺(こくぶんじ)の名を伝ふなるべし。 ...

幻住庵の思い出
... 最寄の駅まで送り、 帰り道に芭蕉ゆかりの幻住庵に寄って見ました。 兄が元気なら、今日は、俳句関係の行事で忙しくしているだろう、と。 それで、せめて「幻住庵」の写真でも見せてやろうか、との思いです。 兄は、此処の運営・維持や句会に ...

猿蓑情報(十 幻住庵記 震軒具艸漢詩)
猿蓑情報(その十) その「巻之六」のうち「幻住庵記」は次のとおりである。 幻住庵記 芭蕉艸 *石山の奥、岩間のうしろに山有(あり)。国分山(こくぼやま)と云(いふ)。そのかみ国分寺の名を傅ふなるべし。 ...
